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 シンポジウム1 3歳児神話を検証するT −基礎医学の立場から−

 小頭症ラットをモデルにした基礎研究から脳機能の可塑性を探る

獨協医科大学解剖学教室教授 上田 秀一

 少し基礎的な話から始めさせていただきます。<図1 全体図>

 本を読む行動が起こるのは、神経回路が活動することによって起こります。それは一個一個の神経細胞の働きが担っています。その情報はシナプスという細胞同士のつながりの場所で、伝達物質と呼ばれる分子のやりとり、それから分子によって起こってくるイオンのやりとりによって行動が規制されています。逆に言えば、分子の動きが人間の行動を決めている。行動しているときには物質の動きがあるんだということです。それらを担っている、形の上で小さい方からいうと、シナプス、神経細胞、一個一個の細胞の単位、結合されるネットワークの順になります。

 カハールとゴルジという人が、19世紀初期に、神経細胞の染色法を見つけました。これはその鍍銀染色という技術により染色した、ラットの大脳皮質です<図2 ラット大脳皮質の鍍銀染色体>

 鍍銀染色ですと染まった細胞の一個がほぼ完全な形で浮き出てくる。もし、鍍銀染色ですべての細胞が染まるなら、真っ黒になってしまいますが、ここで染まっているのは神経細胞の約1パーセントにも満たない特殊な細胞です。実は、なぜ特定の細胞のみが染まるのかはわからないのですが、染まった細胞同士は非常に密なネットワークでつながっていて、網の目状になっています。脳の中の1%にも満たない部分が染まるとこうなります。

 次にシナプスの部分を見ていきますと、一個の細胞の終末というところと、他の細胞の樹状突起と呼ばれる突起の部分が接しています<図3 シナプス>。接しているところでは化学物質が出て、伝達をします。例えば、伝達物質のひとつとしてモノアミンがあります。その中の1種類がこのセロトニン5-HTという神経伝達物質です。この物質は必須アミノ酸のトリプトファンから合成されてできます。そして、セロトニン5-HTという物質になり、シナプスの小胞という小さな袋にため込まれます。この神経細胞が電気活動をしますと、シナプス小胞の膜がシナプス側に移動してくっついて、その中からたまっていた伝達物質が放出されます。

 シナプス間隙という隙間に出された神経伝達物質は、後ろ側にある別の細胞の受容体、セロトニンに関しては20種類近く分かっている受容体に結合します。そこで化学内反応を起こして機能します。

一方、あまった神経伝達物質は膜の前の側にあるセロトニン・トランスポーターから再吸収されて、もう一度小胞に入れられて再利用されます。トランスポーターは再利用のための場所であるということになります。現在、盛んにいわれています、SSRI(セロトニン・トランスポーター、ブロッカー)といわれるものは、ここをブロックしてシナプス間隙の濃度を高くすることで、セロトニンの働きを強固にしようという薬であります。

 それでは基本的な話が終わりましたので、次にヒトとネズミの脳はどう違うのかという話をします。<図4 ヒトとラットの脳の比較図>

 ヒトの脳と比べるとラットの脳は大変小さい。ヒトの脳は外から見るとしわがある多回転脳で、ラットはのっぺりしていて滑沢脳と呼ばれています。ラットの脳はのっぺりしていて、それに対してヒトの脳はしわしわを折り畳むことで細胞数を圧倒的に多くすることができたといえます。

 小脳や脳幹はあまり変わりませんけど、人間は圧倒的に大脳が大きく、進化の過程で神経細胞を増やしていった。ただし、基本回路はネズミとヒトとは一緒で、基本的な反応も一緒です。最終的にはネズミもヒトも脳の構造について大きな違いはない。最終的にはヒトを目標として基礎的な研究からいろいろなものに迫ってみたいと考えています。

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 脳というのはフレキシブルで、これまで考えていた以上に柔らかい性質をもっていることが、1960〜70年代にかけてわかっていました。その証明として、スタンダートケイジ、ふつうのケイジに数匹入れたラットと、エンリッチケイジ、梯子があったり、車回しがあったり、仲間がいたり、広いスペースがあるものに入れたラットとを比較すると、行動に大きな変化が現れてきます。<図5 普通の飼育と豊かな環境での飼育>

 とくに発達期には豊かで刺激に富んだ環境は、神経細胞を大きくします<図6 発達期における豊かな環境>。樹状突起を伸ばして、その先にあるとげ、つまりスパインを発達させます。スパインは、シナプスの場所であり、スパインが大きくなるということは、細胞が大きくなりシナプスが増えるということです。とくに海馬という大人になっても神経細胞が生まれる場所では、その数が増えます。また、神経細胞を支えている、グリア細胞も増えてきます。

 一方、発達期に刺激に乏しく、情報がなく、ストレスの多い環境に置くと、神経細胞は小さくなり、樹状突起の枝分かれが少ない状態になります<図7 刺激が少ない環境>。とげ、スパインも減ってきます。そして、それをサポートするグリア細胞も減ってきます。

 このような環境の変化というのは、ラットにおいては、実は離乳期の後に起こってきますが、授乳期の前に環境に反応させる感受期というのがあります。先ほど岡戸さんがお話になりましたけど、シナプスが盛んに形成される時期=臨界期(クリティカルピリオド)のことです<図8 シナプス形成期>。ここでは何が起きているのかというと、まず神経回路の選択が起こっています。つまり使う回路だけを残してあとは削っていく。私たち人類はそのようなストラテジーを使っているのです。

 その時期に一致して、一過性の過剰な神経線維の投射があります。そのことは大脳皮質、海馬、脊髄でわかってきています。私たちの研究によって過剰な線維からセロトニンが放出されていることが証明されています。すなわちセロトニンという伝達物質が働いていることの証明です。それでは、この臨界期のセロトニンの線維をなくしてしまうと、どういうことが起こるのでしょうか。そのことを見ていきたいと思います。これまでは回路発達の遅れ、シナプス形成の遅れが起こるが、学習行動には影響しないといわれてきました。

 発達期の過剰な線維というのはどういうものなのか。私は解剖が専門なのでネズミの脳の切片で見てみます<図9 セロトニンの線維写真>。ラットの大脳皮質を真っ直ぐにしまして、並行に切っていきます。そこでセロトニンへの染色を施しますと、クリティカルピリオドでのみ、脳の表面にこんな地図が描かれていきます。これはクリティカルピリオドだけであとは切れてしまいます。これひとつひとつは、バレルといいまして、ひげの感覚入力が行われるところに相当します。これはセロトニンの線維です。

 ちょっと複雑ですが、ラットの行動を見ていきます。<図10 ラットの行動>

 出生後3日目にセロトニンの神経毒である57-THDを注射した群と注射しない群をつくります。離乳が済んだ後、エンリッチと呼ばれる豊かな環境と、スタンダードなふつうの環境に分けます。赤がエンリッチな環境、青がふつうの環境です。また、セロトニン線維を破壊した、セロトニンがないラットについても、同様にふたつの環境で育てます。そして、8週ぐらい飼育した後にモーリスの水迷路学習をやります。新たな神経細胞について、つまり学習はどうなるのかをこれで調べます。<図11 モーリス水迷路>

 先ほど水迷路の説明がありましたが、学習する前はネズミはあっちこっちいって、プラットホームと呼ばれる浅瀬にたどり着く時間が遅くなります。ところが学習が成立しますと、すぐに浅瀬にたどり着きまして、「助かった。よかった」ということになります。

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 この水迷路でプラットホーム(浅瀬)にたどり着くまでの時間を見ますと<図12 モーリス水迷路でのプラットホームにたどりつくまでの時間>、ふつうのケイジのネズミで1日目から2日目に急激にたどりつくまでの時間が短縮されます。そして3日目以降はなだらかに右肩下がりになって学習が成立したことが示されます。一方、豊かな環境のラットでは2日目にしていち早く学習が成立します。セロトニンの神経線維をたたいたものでも、2日目の時に若干遅れるけれども同じ減少が起きます。普通のネズミであれば早期に過剰に出現するセロトニン線維を消失させても、学習の獲得には影響しないことを意味します。

 また、私たちは妊娠ラットにMAMという薬を注射することで、神経細胞の少ないラットをつくることもやっています<図13 妊娠ラットへのMAM注射>。大脳皮質の神経細胞が一番分裂する妊娠の15日目に行います。分裂中の神経細胞にMAMが取り込まれて核酸に障害を与えることで神経細胞を殺すことができます。そのようにして誕生した小頭症のネズミの脳を取り出して大きさを見ますと、ふつうは大脳皮質は下の構造物を覆っているのですが、小頭症では下の構造物がむき出しに見えています。大脳の部分が大変小さくなります。<図14 ラットの脳写真>

 小頭症のラットでは、セロトニンの繊維が先ほど過剰に地図を書くように出現するといいましたが、どうなっているのでしょうか<図15 セロトニンの線維写真>。これはコントロール群の生後3日目のものです。先ほどは並行に切って染め、濃くなっているところが地図のように見えました。小頭症ですからもちろん脳は小さいのですが、驚くべきことに、全体にわたってセロトニン線維が過剰に増えているのです。増えたセロトニン線維は何をやっているのかが、ひとつの問題です。また、小頭症のラットは大脳皮質の厚みが減ってきます。空間記憶の学習に関係する海馬も小さくなっています。<図16 海馬>

 先ほどと同じような実験で、妊娠15日目のときに薬で小頭症のネズミをつくります。この群をさらにふたつに分けまして、出生の3日目過剰なセロトニン線維が増えてくる時期にセロトニンの神経毒を入れて破壊する群をつくります。さらにその群を離乳期まで豊かな環境、乏しい環境で育てます。そして8週になって水迷路学習がどう変わっているのかを見てみます。

 海馬におけるモノアミンの濃度を測ったものがこれです<図17 海馬におけるモノアミン濃度>。比べると何が違うのか。神経毒である57DHCを入れるとまったく数値が出てきません。一方、小頭症になるMAMを入れたラットではとモノアミンの濃度は増加します。これがポイントです。また、小頭症を起こしたネズミであっても、57DHTと呼ばれるセロトニンを壊す薬を入れるとやはり下がります。

 小頭症のスタンダードのネズミは学習がなかなか成立しません<図18 モーリス水迷路でのプラットホームにたどりつくまでの時間>。いつまでたっても、だらだらと覚えが悪い。しかし、小頭症であったとしても、エンリッチな環境に置くとどうなるか。最初は、2日目、3日目、5日目徐々に右肩下がりで、少しずつ記憶学習が向上するのです。ところが、このようなエンリッチな環境のラットであってもセロトニンの神経毒を入れてやると、だらだらと記憶学習が成立しないという状態になります。

 小頭症ラットで何が起きているのかをまとめてみます。<図19 まとめ>

 小頭症のネズミでは神経細胞の数が非常に少なくなっています。しかし、飼育環境による空間学習によって促進の効果が見られました。促進の効果とは、シナプスの形成を促進すること、すなわちセロトニンが増えたことでシナプスの数が増加して、神経細胞がなくなった部分の脳機能を補完代償したということです。

 臨界期に一過性で増加したセロトニンは脳の可塑性を導く重要な因子です。可塑性を脳の柔らかさと置き換えますと、脳を柔らかくする鍵の分子になるといえます。脳が柔らかければ、環境の変化に対応ができて、すくすくと育つことになります。

 私たちは小頭症という神経細胞の数が少ないネズミを使うことで、はじめてセロトニンの役割を明らかにしました。ふつうでは神経細胞の数が多いので、セロトニンの線維を壊してやっても、他の神経細胞が数で代償して補っていると言えるのです。

 三つ子の魂百まで。若い頃の育ちは、大人になってからも健康的に育っていくための大切な要因となります。その鍵を握っているのは、モノアミン、とくにセロトニンと思われます。これによって柔らかい脳がつくられ。その後に起こってくる環境に柔軟に対応できる脳が生み出されてくるのだと考えられます。

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