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 「光による新生児の言語機能計測」

日立製作所基礎研究所研究員 牧 敦

 私は赤ちゃんの専門家ではありません。ずっと工学寄りの仕事をしてきまして、脳の機能のマッピングのための計測方法を開発してきました。実は、その計測方法が赤ちゃんの脳の機能を探るのに適しているのではないかということで、現在は赤ちゃんの方にシフトしながら研究を進めております。
 「光による新生児の言語機能計測」とタイトルにありますが、最初に計測方法の原理の説明、それからどのように脳の機能を計測しているのかをご紹介します。私たちは、脳の機能計測をどのような応用分野に広げていくのかを見据えて研究を進めています。大きな目的としまして臨床医療分野、そして将来は脳をどうやって正しく育んでいくか、教育分野への応用を考えております。その中で、われわれはどういうアプローチができるのか、アプローチの手法として簡単に自然な状態で脳をマッピングするという方法の開発に取り組んでおります。
 従来脳機能をマッピングする方法には、PET(陽電子断層撮像法)と言われる方法と、世界中に広まった磁場の変化を捉える機能的MRI(核磁気共鳴断層撮影法)の大きく二つの手法があります。実は、これらの方法は非常に大きな部屋が要る。また被験者がまったく動いてはいけないという問題点があります。そこで、私たちは異なる視点でアプローチできる方法として、光トポグラフィーという方法の開発を進めています。この方法の特徴は、非常に小さな装置で、どこでも誰でも測れるところにあります。そういう新しいコンセプトによる脳の機能の計測方法を開発しました。
 脳の機能の計測は、一体何を目的にしているのかといえば、脳の活動した場所を知るということです。実は脳が活動すると、その場所で血液量が増加する現象が見られます。例えば手を動かすと、手を動かすところに関連して血液の量が増加します。これを計測することができれば、ある機能に関わる脳の部位を画像で可視化することができます。相手が人ですので危険な方法は使えませんので、できるだけ脳を安全に透視しなければいけない。そして血液量の変化を測るという二つの課題があるわけです。
 脳を安全に透視するという問題は、近赤外法といわれる波長を使えばクリアすることができます。この波長というのは非常に生体透過性が高く、頭皮上から光を当てて、深部の脳の情報を収集することができます。なぜかというと、この波長の光は生体の大部分を構成している水の吸収が非常に少ない。そして第二の構成物質であるたんぱく質の吸収が少ない。そのために非常に生体透過性が高くなっています。
  次に脳の活動の変化に伴う血液量の変化をどうやって計測すればいいのかをご説明します。血液の45%がヘモグロビンという色素で構成されているのは、皆さんも中学ぐらいで習ってご存じかと思います。ヘモグロビンは酸素を運ぶ役割をしていますが、酸素がくっついているヘモグロビン、離れたヘモグロビンの二種類があります。この二つを測ることができれば、血液量の変化というものを測ることができる。このヘモグロビンを光を使って計測しようということで、光トポグラフィーというものが生まれました。

図1(準備中)

 少し専門的になって申し訳ありません。この赤いラインは、酸素がくっついているときのヘモグロビンの吸収の割合です。縦は吸収で、上の吸収がすごく多い。横は光の波長です。青いラインは、酸素が離れたときのヘモグロビンの吸収の割合を波長ごとに書いたもの。そうしますと、違う特性を示しているのがわかると思います。
 要するにこれは、動脈血は酸素化しているヘモグロビンをたくさん含んでいるということです。動脈血はものすごく赤い色をしている。静脈血、脱酸素化しているヘモグロビンはどす黒い。そういった色の違いの特性をグラフで表しています。
 そしてちょうど透過性の高い波長域、先ほどの近赤外光800nmぐらいですが、この波長の中で2波長使えば、それぞれ独立にこの青いラインで書いてある脱酸素化へモグロビンと酸素化ヘモグロビンの変化量がわかる。2つわからないものがあるので、2つの波長を使う。この二つをそれぞれ測って血液量を求めるという計測の仕方を行なっております。

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 私たちはそれをずっと開発していまして、やっとこういうコンパクトなどこでも測れる装置になってきつつあるのです。まだまだやることはありますが、こういう超音波ぐらいの大きさで、光ファイバーを使って、脳の機能に伴う血流の変化を測ります。ヘルメットの上に光ファイバーを設定し、髪の毛の上から当てて、計測を行ないます。

図2(準備中)

 イラストをご覧ください。1本の光ファイバー、また30mmぐらい離れたところにも光ファイバーを置いて、光がずっと生体の頭の中を、皮膚、頭蓋骨を抜けて、そして大脳皮質まで届いて、またこのファイバーに戻っていく様子を表しています。
 これは実際のシミュレーションの結果を表しています。これが一つの光子といわれる光の最少単位ですが、それが光ファイバーに到達するのがわかります。これはいつも同じところを通るわけではなく、たくさん光の経路を並べると、こういった計測の場ができるんです。

 先ほど申しましたように、大脳皮質の活動が起きると血液量が増加する。血液量が増加すると、ここに入った光は少し減衰したりするので、その減衰した程度を光ファイバーで計測して、その信号変化率からヘモグロビンの値を出していくというプロセスです。
 ただし、いくら透過性が高いといっても、脳の深部まで計測するのは非常に困難です。そこで、私たちが注目しているのは脳表にある大脳皮質です。脳の構造を見ていただければわかると思いますが、大脳皮質はちょうど2mmから5mmぐらいの厚さがあり、頭皮から15〜20 mm位のところにあります。そしてこの内側はほとんど電線みたいな役割をしており、人間の高次機能を担っているのはこのうすい大脳皮質です。この大脳皮質を簡単にきちんとマッピングできる技術ができれば、非常に重要なものになるということで開発を進めてきました。大脳皮質の各領域では、運動、感覚、視覚、聴覚などの機能が担われています。さらに高次な機能になりますと、言語の生成、あるいは言語理解、空間認知などが、いろいろな場所で行なわれています。そして、もっとも人間を人間たらしめている思考を行なう前頭部も当然大脳皮質にあり、これを上手くマッピングすることが非常に重要ではないかと考えています。
 それでは、どのような計測原理かをまとめますが、光ファイバーでレーザー光が照射され、頭の中で跳ね返ってきた光を光ファイバーで受け取る。光ファイバーはたくさんあり、集められた光が中を通って出てきます。そして光検出器に到達し、頭の中での光の減衰を計測します。なぜ減衰するか。脳が活動することによりある場所で脳の血液が増加するという現象が起きると、光が血液に吸収されて減衰するからです。この減衰した光の量から、各領域のヘモグロビンや血液量の変化を計測します。そしてその複数の領域のデータから、トポグラフィー画像、地形図のようなものを表示して脳の活動の状態を時空間的に表示することができます。

図3(準備中)

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 では、この手法を使った例を一つご紹介しましょう。東京女子医科大学との共同研究による言語の研究です。言語に関わる側頭部のブローカーエリアあるいはウエルニッケエリアの計測を行っています。この研究では、他の計測方法ではなかなかできない刺激パラダイムをということで、「書字」という手を動かしながら行なうテストを試みました。他の計測方法では体が動いてしまったり、提示をすることがなかなか難しいのですが、この方法でできるのかどうかを確認するために実験を行ないました。
 60秒間の間に、ひらがなと画数がほとんど同じような無意味な図形を3秒に1枚づつ一生懸命模写します。この図形には、まったく言語の意味はありません。次に、パッと切り替えて90秒の間絵を見せて、ひらがなで絵の名前を次々に書いていく、ネームファインディングを行ないます。再び、その後70秒間無意味な図形を模写します。この無意味図形の模写とネームファインディングの差を抽出することによって、言語の機能が見られるのではないかということで行ないました。
 その結果、ブローカーエリアとウエルニッケエリアで、酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの変化量が計測できました。これは、血液量に相当するトータルのヘモグロビンの量で、きれいにマッピングできています。この方法を使うと、静的な画像だけではなく、サンプリングピリオド100mmセカンド以下の動画像で機能の変化を追うことができます。私たちは脳の機能が時空間的に常に変化するものであると考えています。それをきちんと動画像で計測できるのは重要であると考えています。このように、動画像でもある領域で言語の活動をする時には、ちゃんとした反応が計測できます。

 私達は、この光トポグラフィーという方法が、どのような分野で有効で、社会にとってどのような有益な技術となりうるのかをいろいろ考えてきました。
 その一つは乳幼児の脳の機能を測ることです。赤ちゃんの脳機能は、サッキングフリークエンシー、あるいは選好性を見るといった手法でずっと行なわれてきましたが、赤ちゃんの脳のどこが本当に働いているのか、そういったものを測る方法は、残念ながらあまりありませんでした。唯一脳波というものがありましたが、それも空間分解の問題がありました。また、非常に体動に影響されやすくて成功率が低いこともあり、光トポグラフィーを応用していこうと考えて研究を進めています。私たちは脳障害の早期発見を第一の目標にして、この研究を進めております。できるだけ早いうちに、例えば聴覚障害や言語の機能障害を見つけたい。そうすれば、障害のある子に対して、きわめて早い時期に言語教育をすることができます。例えば、難聴。3歳頃に言葉が出るはずなのに出ないということで発見されますが、そのような障害も早めに見つけてきちんと対処あるいは教育すれば、その後言語を覚えるのに苦労しないですむと考えられています。
 もう一つはやはり脳の発達過程の理解です。すなわち赤ちゃんの脳の機能はどのように発達していくのか。これは純粋に科学の面で非常にミステリアスなもので、この手法を使って解明していければと期待して研究を進めております。
 ここでは、仏国立認知科学研究所のJacques Mehler先生と共同研究で進めている結果をご紹介します。実際に計測する赤ちゃんは健常な赤ちゃんですので、国立のフランスの倫理委員会から承認を得て、そのプロトコルに従って計測を進めています。実際今回行ないました計測については、被験者の数は12人。出生後5日以内。計測位置は、最初ですので画像までは行きませんでしたが、1チャンネルずつ両側頭部に、耳の上1.5cm、聴覚/言語野にひっかかっているだろうと言われるところに1チャンネルずつ光ファイバーを当てて計測しました。そして、言語に対するレスポンスが本当に出生後5日以内にあるか、ということを確認することを目的として実験を進めています。

図4(準備中)

 これが実際に新生児を計測をしている風景で、側頭部にプローブがありますが、こちらに光ファイバーが入っております。このように、ちょうどベッドの中にただ横たわって、頭に光ファイバーをあてるだけで計測できるようになっています。
 安静なときの血流の変化を示しているのがこの結果です。これは12人の被験者の平均値ですが、黒いラインが血液量、赤が酸素化ヘモグロビン、青が脱酸素化ヘモグロビン。安静時にも多少フラクチュエーションはありますが、ほぼフラットな状態です。次に使ったものは、普通の話を逆回しで聞くときにどのようなレスポンスが出るか。これは言語の様相をまったく含まない刺激なのですが、<逆回しテープ流れる(テープの内容は省略)>、こういった刺激を与えると聴覚の反応は多少ありますが、小さな変化が刺激と同時に少し増えて、戻るといったレスポンスが見られています。
 先ほどの逆回ししたテープを順回しにしたものをお聞かせしましょう。<テープ流れる。内容は「出産後早期に退院する傾向が強まった」「日の出を見るためにその子は早く起床した」「農民の村長に対する不満が溜まった」「ここの食堂は衛生上の問題で閉鎖された」「計画の実行には資金がかなり必要でしょう」>こういったある程度、子どもには理解できないであろうという言葉ですが、これをフランス語でフランスの赤ちゃんに提示しています。わかりやすくするために今日は日本語で聞いていただきましたが、今のような話をフランス語で聞かせます。そうすると左半球で非常に大きなレスポンスが見られて、右半球でも若干のレスポンスが見られます。この差が本当に右半球と左半球の差であるのかということは、これからもう少しきちんと詰めていかなければなりませんが、明らかに話の場合にはきちんとしたレスポンスが測定できるという結果が得られています。生後5日にして、言葉というものを理解はしているとは言えませんが、弁別しているということはわかってきました。

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図5(準備中)

 私は電子技術的な計測法の開発をずっとやっていますが、実は計測技術だけが重要なわけではなくて、その提示する刺激のパラダイムというのが非常に重要だと考えています。
 良い例として、Mehler先生が、大昔に行った「数の概念は何歳ぐらいからあるか」というテストを紹介します。こちらは昔ピアジェがやった方法で、ビー玉を並べていって、「どちらが多いですか」と子どもに質問をしたときに、ABCと3つありますが、Aの場合は同じだと答えます。Bの場合には、こちらの方が長いんですよ。そうすると大体こちらを選ぶ。目の前でこの短い方に数を増やしていっても、子どもはこちらの方が多いと、4つのほうが多いと答えてしまいます。この実験では3歳から4歳にかけては、まだ数は測れないという結論に達しました。ところが、ビー玉をキャンディーに変えて多い方を食べていいよというとどうなるか?この場合には、多い方を取るという研究をMehler先生が1970年に行い、3歳でも数の概念はあるという結論に達しました。つまりどういう刺激を与えるかで結果が変わるので、本当に脳を理解していくのにこういった刺激パラダイムは重要であると考えています。このようなところまで忘れずに、計測技術を開発していこうと考えています。計測方法、刺激パラダイム、そして、生理信号の本当の意味付けというものを突き詰めながら、今後も研究を進めていきたいと考えています。



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