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 日本赤ちゃん学会未来を育む赤ちゃん研究
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 第3回学術集会 シンポジウム1 言葉の発達

 平成15年5月31日 <司会> 志村洋子(埼玉大学教育学部)

10:10〜

 音声知覚の発達:「人の声」から「ことば」へ

林安紀子(東京学芸大学 特殊教育研究施設)

 健聴者の言語は、主に音声を媒体としている。音声言語を用いたコミュニケーションは、話者自身の身体によって生成された、種々の音色を持つ音の連続が、意味情報をになう体系的な言語記号として、話者と聞き手との間で共通理解されることによって成立する。ことばの発達において、理解面のほうが産出面より先行することは一般的に知られているが、ここでは、赤ちゃんが、周囲の大人たちが発する音声を、母語の規則に基づく記号体系として知覚するようになる過程について注目する。

 音色(音韻)とその配列のしかた、リズム、イントネーションなどの音声の諸特徴は、言語によってそのパターンが異なることはもちろんであるが、話者の個人性、発話状況などの種々の要因による物理的音響特性の変動が大きいものである。これまでの乳児期の音声知覚発達研究の成果から、例えば音色の知覚に関しては、(1)赤ちゃんは誕生した時点で、世界中の言語で用いられているほぼ全ての音韻の聞き分けができるような精密な聴覚的分析能力を備えていること、(2)母語環境の中で6〜10ヶ月間養育されると、母語の音韻体系に適合した音韻の範疇的知覚能力が獲得されること、がわかってきた。このような、音韻知覚の再構造化がおこる背景には、乳児をとりまく言語環境の影響と乳児の認知・運動・社会性の発達との関連が大きいことが予想される。

 本シンポジウムでは、赤ちゃんを、環境としての音声刺激を受動的に知覚する存在ではなく、その環境の中から、特定の情報に選択的な注意を向け、能動的に取り込むことによって、コミュニケーションの道具としての音声言語を獲得していく存在であるという視点から、初期の音声知覚の発達について話題を提供したい。我々は、音声の諸特徴に対する赤ちゃんの指向性や感受性の発達を調べるために、選好法という手法を用いて実験的に検討している。具体的には、生後4〜14ヶ月の赤ちゃんが、言語の違い、発話状況の違い、声質の違い、語の音形やリズムの違い、などの音声特徴に対して示す反応特性とその発達変化についてのデータをもとに、「人の声」から「ことば」への音声知覚の発達過程について考える。

 言語発達の主役と時間をめぐる問題

斉藤こずゑ(國學院大學)

 子どもの言語発達はこどもの内部の変化であると同時に、真空の中で起こるのではなく、文化社会的環境の相互作用の中で起こる。子どもの言語発達過程の埋め込まれた外的文脈にいる大人は、養育者、言語研究者、発達研究者などの違いがあっても共通に、往々にして、子どもという言語発達の主役の視点を見失いがちである。ここでは、1)子どもを言語発達の主役とする視点を提唱し、2)言語獲得研究で「発達の時間の問題」を考慮する必要性、を論じたい。

 1)子どもを言語発達の主役とする視点

 子どもの言語発達では、「Y子(特定の子どもとする)は自分を表現するために言語を獲得する」のであって「言語を表現するためにY子が存在する」のではないはずである。つまりY子は言語の道具や手段ではなく、言語がY子の道具である。しかし、Y子の言語発達は、まわりの大人によって、彼らがY子に期待する言語特性や一般化した子どもの言語発達の基準と比較される時には、期待される言語の特性がどれだけY子の言語に現れているかをチェックされ、むしろ言語を主役とした観点で捉えられてしまう。その意味では、Y子は言語に支配され、言語の入れ物、運び手、手段となる。この言語に従属する子どもの位置づけは、言語出現以前の前言語期にはみられなかったもので、例えば、泣きや喃語、前言語的発声などは、大人の期待する基準に照らして評価されることはない。実際には子どもは前言語期から一貫して、環境の人や物との相互作用の中で、自らの意図で必要に応じてコミュニケーションや思考の手段としての言語を身につけていく。この子どもの主体性を「保護」することは、まわりの大人だけではなく、言語発達研究や研究結果の利用に関わる人々にとっても考慮すべき課題である。研究者にとってのみならず、科学の発展にとっても、子どもの言語獲得の普遍性や一般性の解明は、発達理論や言語理論の検証には必要不可欠なことである。しかしそれと同時に、この成果を重視するあまり、理論上の匿名の子どもとは異なる、現実の固有の子どもの個性的存在を看過することなく、言語発達主体としての子どもの獲得途上の行動一つ一つを尊重するために、その方途を探る義務もまた、研究者をはじめとした子どものまわりの人々に課せられていることを主張したい。

 2)言語獲得研究で「発達の時間の問題」を考慮する必要性

 上記課題の解決には、発達の時間の問題を考慮することが有効だと思われる。言語発達を誰が何のために明らかにするのかの問題や、何が発達し変化するのかの問題、言語発達する子どもをいかなる発達の信念やメタファー(子ども=脳、子ども=行動、子ども=文化、子ども=子ども固有の意図・意味)でとらえるのかの問題など、言語発達のどのような問題も、時間の問題を看過してしまうと、子どもの固有性を捨象したり、研究理論間の不毛な対立や論争に帰結しがちである。言語や発達の普遍的特性という「長い発達の時間」を探究する場合には、個人に依拠しつつも、その問いは言語や発達を担う個体の一般的な条件に限定されていることが明らかである。場合によっては、幾世代も越える人類史上の長期的時間の範囲で繰り返し維持されてきた現象に関する問いが、方法論的限界によって個人で検証されているのである。他方、個人の有限な寿命の範囲で、一回限りの発達過程の意味、さらには一回限りの状況性を持った言語使用など、個人の固有性に関わる「短い発達の時間」を探究する場合には、特定の子どもが言語発達過程の主人公として焦点化され、その一挙手一投足が貴重な一回限りの現象として意味づけられる。長い時間の中では、誤差として見過ごされもする一度限りの行動も、子どもにとっての意味の強さによって評価される。発達の時間の問題が、言語獲得研究の問いの性質と深く関わっていることを認めることによって、言語獲得に関わる普遍性と固有性を対立させ、他方を退けるのではなく、双方の関わる現象を言語発達過程で見出し、関係づけていくことが、新たな課題として浮上してくる。それは既存の研究成果の有効な応用にも役立つはずである。

参考文献:
斉藤こずゑ(印刷中)「子ども主体の言語発達研究」日本児童研究所(編)児童心理学の進歩(2003年版)Vol.42,金子書房

 ことばの発達

志村洋子(埼玉大学教育学部)

 ことばの発達、とりわけ赤ちゃんのことばの発達は子育て中の親にとっては身近な、そして最も関心のあることのひとつです。また現在では発達心理学、言語学、小児科学ばかりでなく、工学、脳科学などの研究者にも興味をもたれ、多くの研究が行われる分野となってきました。その意味で、さまざまな分野の研究者が発信する研究成果としての情報は、親にとっては、即「我が子」の発達の指標として、また、時には教育的課題として受けとめてしまう状況であると言えます。 そこで、このシンポジウムでは、最新の言語発達の研究成果を知る機会を提供するだけでなく、言語獲得に関する知見を子育てや保育に有用な情報として、赤ちゃんにかかわる親・養育者や保育関係者に提示するとはどういうことかについて考える機会にもしたいと企画いたしました。

 乳児期の言語獲得に焦点をあて、これまで蓄積された研究成果から明らかになったことは何か、また最新の音声学や脳科学から得られた知見はどのようなものであるかについて、おのおの最先端の研究をされておられる方々にご発表いただきます。まず、林安紀子先生には音声知覚の発達にみる乳児の能動的な能力の姿をお話いただきます。酒井邦嘉先生には教育講演に先立ち、最新の成果に基づく脳科学からの提言をいただきます。斉藤こずゑ先生にはことばの獲得に関してこれまでに多くの研究が報告され、さまざまな理論が提示されてきましたが、そこには子どもを重視した再確認すべき重要な観点があることについてのお話をしていただきます。



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